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人生は荒波のなかの小舟 目次  はしがき

第一章 会社というふしぎな生き物
  設立後まもなく倒産しかかった日本クラウン
  松竹社長の椅子
  読売務台社長との激しい応酬の末うまれた「福岡放送」
  テレビは紙芝居?−「ユニオン映画」設立の記
  東電社長木川田一隆氏への絶縁状
  全員辞表提出のこと−経営はきびしいもの

第二章 人生は荒波のなかの小船
  会社のトップは臆病であれ
  先輩を激怒させた受注
  金には履歴書がついている
  放漫経営者の集まりじゃないから「ホーマン会」がよかばい
  裏切り者に“乾杯”
  経済界の反省の弁がききたい
  私学の理事長やNHKの経営委員の責任感
  授業参観日には父親も参加しよう

第三章 人間ちょっといい話
  なぜ森繁久弥が吉良上野之介を演じたのか
  女をあげた五月みどりと男をあげた北島三郎
  毒舌、ユーモア、ボランティア−曽野綾子さんという不思議な女性
  「思い出さん今日は」で世に出た星野哲郎さん
  クラウンにいた五木寛之氏
  杉良太郎の本当の姿
  田中角栄氏砂ぼこりの中を走る
  老いてなお志を持っていた松永安左ヱ門氏

第四章 芸能界よもやま話
  三十六対一の裁判
  水前寺清子デビュー時のエピソード
  思わぬ復活をした美川憲一
  西郷輝彦の結婚
  悲運を乗り越えてよみがえった浅丘雪路
  古賀政男先生の思い出
  ディレクターは歌が下手なほうがいい
  超大ヒットがでると後が続かない
  千人デビューして生き残るのは数名
  日本の演歌は滅びない

第五章 振り返れば波乱の連続
  なぜ事業家へ転進したか
  「私」は坂東玉三郎だった?
  「私」を殺しにきた男
  児玉誉士氏との不思議な縁
  「虎穴に入らずんば」の体験

第六章 先人の描いた人物像に「異議あり」
  宮本武蔵は卑怯だった
  徳富蘇峰のような文豪まで筆を曲げるとは
  三島由紀夫の憂い
  芥川龍之介への反論二つ
  天才の醜聞

第七章 「生」と「死」について
  娘の結婚、そして死
  ライシャワー博士の尊厳死
  月光の里の墓碑銘
  さりげない「さようなら」−安井譲氏
  死に顔は正直
  病む妻癒えよ−願いも空し